東京高等裁判所 平成8年(う)897号 判決
被告人 細川高伸
〔抄 録〕
論旨は、要するに、原判決は、被告人につき、平成六年一一月上旬ころから平成七年二月中旬ころまでの間における医薬品である注射用チオペンタールナトリウム(以下「チオペンタール」という。)約一七〇〇グラムを業として製造したとの薬事法違反(原判示第一の事実)及び平成六年一二月下旬ころから平成七年三月上旬ころまでの間における麻薬であるメスカリン硫酸塩(以下「メスカリン」という。)粉末約三〇〇〇グラムをみだりに製造したとの麻薬及び向精神薬取締法違反(同第二の事実)の共同正犯がそれぞれ成立する旨認定しているが、被告人が現実にチオペンタールの製造に関与したのは平成六年一二月下旬ころから平成七年一月下旬ころまでの間であり、また、メスカリンの製造に関与したのは平成七年一月下旬ころから同年三月上旬ころまでの間であって、いずれも既に確立された製造工程を担当したにすぎないという被告人の関与の状況からすると、チオペンタール製造の点は、被告人が関与する前の事実については承継的共同正犯を認めるべきでなく、かつ、関与しなくなった後は共犯関係から離脱したものであり、また、メスカリン製造の点も、被告人が関与する前の事実については承継的共同正犯を認めるべきでないのに、これらの部分を含む全部につき共同正犯としての事実を認定した原判決には、判決に影響を及ぼすことが明らかな事実の誤認がある、というのである。
そこで、検討すると、原判決の掲げる関係各証拠によれば、次の事実が認められる。
1 宗教法人オウム真理教(以下「教団」という。)では、宗教儀式や信者のスパイチェック等のために麻酔作用を有するチオペンタールを用いていたところ、その購入による入手が事実上困難になったことから、教団代表者松本智津夫の指示により、これを大量に密造することになり、教団幹部でいわゆる厚生省に所属していた遠藤誠一、土谷正実それに遠藤の部下の奈良真弓らが実験を行って製造工程を確立し、平成六年一一月上旬ころから、原判示の山梨県西八代郡上九一色村所在の教団施設において、奈良のほか遠藤の部下の垂井明美、森千太郎、興梠智一らが、製造工程を分担して量産態勢に入り、同年一二月下旬ころまでの間に、約一〇〇〇グラムのチオペンタールを製造した。
2 その途中段階の同年一二月上旬ころ、厚生省の組織改編があり、遠藤が統括する第一厚生省と土谷が統括する第二厚生省とに分かれたが、しばらくは第一厚生省の所属になった奈良らの下で従前の未完成分の製造を続けて、右のとおり約一〇〇〇グラムのチオペンタールを完成させ、これと並行して、土谷の指示を受けた第二厚生省所属の畑山陽、渡部大典、菊地直子、宮崎乃理子らも、同年一二月中旬ころから、従前の製造工程を引き継いでチオペンタールの量産を開始し、畑山が中心になり、おおむね畑山、渡部それに被告人において合成工程を分担し、宮崎、菊地がその後の滅菌濾過等の精製工程や注射用に加工、分注する工程を分担するという態勢で量産を続け、平成七年二月中旬ころまでの間に、少なくとも約七〇〇グラムのチオペンタールを製造した。
3 他方、遠藤らは、松本から教団の宗教儀式に用いるための幻覚作用がある薬物の密造を命じられていたところ、遠藤の指導を受けてその部下の鉄井晶子が、平成六年一二月上旬ころから、上九一色村の教団施設において、メスカリンの製造実験を行い、同月下旬ころ標準サンプル若干量の合成に成功した。その報告を受けた松本は、遠藤にメスカリンの大量製造を指示し、遠藤から鉄井にその旨が伝えられた。そこで、鉄井は、第二厚生省に移り、土谷らの協力を得ながら製造工程に改良を加え、平成七年一月中旬ころ、量産のための製造工程を確立し、土谷の指示を受けた第二厚生省所属の仲谷武矢、被告人とともに、同月下旬ころから三〇〇〇グラムを目標とする量産態勢に入り、同年三月上旬ころまでの間に、ほぼ同量のメスカリンを製造した。
4 被告人は、教団の出家信者として大阪支部道場で過ごすうち、平成六年一二月上旬ころ、教団幹部の指示により上九一色村の教団施設に入って第二厚生省に所属し、チオペンタールと同種の薬物であるアモバルビタールナトリウムの製造に関与した後、前述のとおり、土谷の指示に基づきチオペンタールとメスカリンの製造に関与した。その関与の時期と期間、関与の程度等は、まず、第二厚生省の者らによるチオペンタールの製造が開始されて間もなくの平成六年一二月下旬ころから、製造工程のうちの主としてチオペンタールの遊離酸生成工程を担当して、平成七年一月中旬ころまでの間これに従事し、その後の工程は他の共犯者に委ね、次いで、同月下旬ころから、担当が替わって量産態勢が確立したメスカリンの製造工程に加わり、目標の三〇〇〇グラムの製造を完遂した同年三月上旬ころまでの間、これに従事したものである。要するに、被告人は、所論指摘のとおり、平成六年一一月上旬ころから平成七年二月中旬ころまでの間に製造された約一七〇〇グラムのチオペンタールにつき、平成六年一二月下旬ころから平成七年一月中旬ころまで第二厚生省の者らとともにその製造に加わり、それ以降に少なくとも約七〇〇グラムを完成し、また、平成六年一二月下旬ころから平成七年三月上旬ころまでの間に製造された約三〇〇〇グラムのメスカリンにつき、平成七年一月下旬ころから最後まで第二厚生省の者らとともにその製造に加わり、この間に三〇〇〇グラムの大部分を完成させているのである。
以上の事実関係に基づき考察すると、平成六年一一月上旬ころから平成七年二月中旬ころまでの間のチオペンタール約一七〇〇グラムの業としての無許可製造行為及び平成六年一二月下旬ころから平成七年三月上旬ころまでの間のメスカリン約三〇〇〇グラムの不法製造行為は、それぞれが別個の包括一罪を構成する。そして、各犯行は、教団の宗教儀式等に用いることを目的とし、この目的に見合うものとして大量の製品の生産を目指していたこと、製造に直接関与していた者は組織改編前の厚生省ないし改変後の第二厚生省所属の信者に限られ、教団代表者松本及び教団幹部の指示に従い、実験を経て確立した製造工程を分担して、チオペンタール及びメスカリンを完成させていること、その期間は、チオペンタール製造については三か月余り、メスカリン製造については二か月余りと比較的短期間であったこと、また、それに実際に関与した信者は少数にとどまり、各信者の関与の時期や期間は一律でないものの、途中関与者らに対する指示や引継ぎが十分に行われていたことは証拠上明らかであって、各犯行とも、それぞれ一罪としての一体性と統一性とが強く保たれていること、関係各証拠を総合すれば、被告人が、出家信者として第二厚生省に所属し、土谷から指示されて、右のような目的、目標を理解し、他の者らによる従前の行為を認識了知した上、主体的、積極的にチオペンタール及びメスカリンの各製造に途中から加担し、前者につき中間の一か月足らずの期間、後者につき最後の一か月余りの期間それぞれその製造に従事したものと認められることの諸事情にかんがみ、被告人は、既に製品化されていた分の製造行為をも含め加担前の各製造行為全部についても、承継的共同正犯としての責任を負うといわなければならない。
他方、被告人が、途中でチオペンタール製造の担当から離れたのは、土谷から量産態勢が確立したメスカリン製造への担当替えを指示されたことによるものであって、チオペンタール製造の意思をなくしたわけのものではなく、もとより共犯者による製造の継続を阻止する意思などなかったことが証拠により認められるから、その後のチオペンタールの製造について、共謀からの離脱が成立する余地はない。
所論は、被告人は、チオペンタール及びメスカリンの各製造につき、いずれも密造の計画、立案に加わっていないのは勿論、製造工程の確立にも参画せず、教団幹部の指示を受けいわばその手足となって製造工程を担当したにすぎず、関与前の他の共犯者の行為を積極的に利用したり自己の犯罪行為の手段としたりしたものではないから、承継的共同正犯は成立せず、かつ、チオペンタールの製造につき、右のように幹部の手足として行動していたにすぎないことに加え、その出家信者としての地位が最下位にあったことにかんがみると、離脱に際し他の共犯者の製造行為を阻止することは不可能であったと認められるから、その製造行為から外れたことにより共犯関係からの離脱が成立し、その後の製造行為についての責任は負わない、というのである。しかし、被告人は、出家信者としての地位はいまだ低く、教団幹部の指示に従い従属的立場で途中から犯行に関与したとはいえ、チオペンタール及びメスカリンの各製造部署である第二厚生省のメンバーであり、しかも、犯行計画やその関与前の経過等を認識了知しながら、主体的、積極的に関与を続けていたものであり、関与した者の数も少数に限られていて、犯行全体に占める寄与の度合いも大きかったと認められるから、被告人が教団幹部の手足として犯行に加担したにすぎないとの前提に立つ所論は採用することができない。
したがって、原判決が原判示第一の薬事法違反及び同第二の麻薬製造の各事実の全部につき被告人に共同正犯の成立を認めたのは正当であって、原判決には所論のような事実の誤認はなく、論旨は理由がない。
(神田忠治 小出[金享]一 山崎学)